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《散歩道でさんぽ》  道草80号より

20151110 日更新

<散歩道でさんぽ>
コンサートに行くと「携帯の電源はお切りになるかマナーモードにして、通話はご遠慮ください。」というアナウンスが何度も繰り返し観客席に流れて来る。最終は開始5分前の折、早くから席に着いている者にすればダメ押しとも思えるアナウンスに少々うんざりすることがあります。
何年か前に行った綾戸智恵さんのコンサートも同じ光景の中、幕が開きました。彼女独特のハスキーボイスと軽やかなピアノがおしゃれなジャズを刻みます。少しプログラムが進んだ時、ひとりのお客さまが係員に案内されて席に着いたのですが、前の席ということもあり遅れたことが非常に目立ちました。すかさず綾戸さんが「席を予約してくれた時は早かったのになあ。忙しいのに遅れてでも来てやろうという気持ちが嬉しいがな~。な?皆さんそうですやろ?」とステージからすかさずお客様をフォロー。すると客席からは笑いと沢山の拍手がこぼれました。 ほどなく歌が再開され、手拍子と共に盛りあがり、スローな曲になるとブルーの照明とともに懐かしいナンバーが私達を包み込みはじめました。そうして何曲か過ぎて、また綾戸さんがピアノを数小節弾いたところで突然、今度はとても大きな携帯の着信音が鳴り響きました。遠慮のない電子音でまたたく間に会場はきまりの悪い雰囲気に変わってしまいます。その方は焦って電源が切れないのか何度も電話が鳴るのです。「あんなにアナウンスが流れていたのに」と私は思いました。ピアノの手を止め客席を見る綾戸さん。どうなるのかとドキドキして観ていると彼女は「かめへんかめへん。大事な用事かも知れへんから早よ電話出たげなはれ~。私の歌なんか何べんでもやり直すがな~。」とまたフォロー。会場は一気に和やかな雰囲気に戻りました。
「あっぱれ!綾戸智恵!!」会場のアクシデントさえも笑いに変えてしまった。「用事ある人は今のうちに電話しときなはれや~、みんな~もうええか?始めるで~」と言いながらピアノを弾き出した彼女。小さな体に宿った大きな魂を感じました。「お客様って何?演奏するって何?」と別の意味で考えさせられたコンサートにもなりました。文化の秋、観るも聴くも出るのもまた勉強です。
                              
                                                     東岸佐優里